「感謝と貢献」第656日

『生き方働き方創造』

アテンションエコノミー

「良き社会のための経済学」

著ジャン・ティロール(ノーベル経済学賞受賞者)・村井章子訳日本経済新聞出版社

14章 デジタル技術とバリューチェーンから抜粋

アテンションエコノミー

 経済学では非常に永い間、経済の進化には新しい製品の開発や製造・取引コストの圧縮に由来すると考えられてきた。そして取引を活性化するには、取引コスト、とくに貿易の妨げとなる輸送コストや関税を下げればそれで十分だと考えられていた。

(中略)

(「国際貿易の重力モデル」では、両国間の距離が近いほど二国間の貿易量は大きくなるとされている)

 50年前には、本好きの人は手近な本屋で買えるだけの本で満足していた。ニュースを知りたければ新聞を一紙購読すれば十分だった。読みたい本を探したり聴きたいレコードを探したりするときは、公共図書館の目録にあるものでよしとしなければならなかった。裕福な人なら自分で買って自前の書庫なりレコードのコレクションなりを作れたが、それにしても無制限というわけにはいかない。買い物をするときは多かれ少なかれ近くの商店街で買わざるを得なかったし、同好の士や結婚相手を探す時も村や町の範囲に限られることが多かった。

 

だがデジタル技術の出現で、データの輸送コストはほぼゼロになり、地球の裏側に送るにもほとんどコストがかからなくなった。そして、入手可能な品物の目録はいまや無限だ。いまでは供給が少なすぎることよりも、多すぎることが悩ましい。好みのものを見つけるのに時間とアテンション、つまり注意や関心をどう配分するのが最も効率的か、ということに誰もが頭を悩ませている。アテンション・エコノミーの出現で、コンテンツ産業における人々のふるまいや相互作用は根本的に変化した。

この変化を理解するには、経済学だけでは足りない。心理学や社会学の知恵を借りる必要がある。

 

 取引コストの中でしぶとく残っているのは、供給の精査や取引先の選定に関するコスト、そしてシグナリング(この場合には、潜在的な取引先相手に対してこちらが信頼できることを売り込む行動)に要するコストであって、もはや輸送コストではない。

 

数千年の間、わたしたち祖先たちは取引先相手を見つけるのに苦労していたが、今日の私たちが抱える問題は、数千数百万の相手の中から、誰と取引するのが最も良いかを判定することなのである。情報源はほとんど無限に存在するが、その中からこれはと思うものを選んで吟味する時間は限られている。となれば、このゲームで中心的な役回りを演じるのは、仲立ちをする企業であり、プラットフォームだということになる。

プラットフォームは相手を見つける手伝いをしてくれる。輸送、関税、検索などのコストが下がれば下がるほど、相手の選定に要するコストは相対的に重要度を増す。そして、巧みに選別してくれる高度なプラットフォームが求められるようになる。